それが何の役に立ちますか?

VOL.028 新井 敏一(共通教育センター)

私が高校3年生だったある日、学校帰りに立ち寄った本屋さんで一冊の本に出会いました。
何気なく手に取ったその本は大熊正 著 「真理とは何か」(講談社現代新書)です。いまでも研究室の書棚に大切に置いてあります。
Amazonで調べてみたのですが、現在は入手できないみたいです。

この本です。いまも研究室の書棚にあります。

この本にこんなことが書かれていました。
1801年、イタリアの物理学者アレッサンドロ・ボルタが世界初の電池「ボルタの電池」を観衆の前で披露しました。
ボルタにすすめられて電池に触った人は、異様なショックを受けて跳び上がったそうです。
それは人類が電流を手に入れた瞬間でした。ひとりの婦人がボルタにたずねました。
「それが何の役に立ちますか?」
するとボルタはこう答えたといいます。
「赤ん坊が何の役に立ちますか。」

ボルタの電池から200年の月日が経過した現在、電池がなくては私たちの暮らしはなりたたないと言ってもいいほど生活の中に溶け込んでいます。
でも、電池や電流が何かの役に立つかどうかなんて当時はまったく想像がつかなかったことでしょう。それをボルタは「赤ん坊」と表現したのです。

本はさらにこう続きます。
「なぜ夜の空に星が光るの?」
「なぜ同じバラの木にいつも同じ色の花が咲くの?」
「どうして人間に男と女があるの?」
「どうして恐竜は絶滅したの?」
しかしそのような鮮烈な驚きも、やがて塾通いと、慌しい日常性の中に色あせていきます。
「そんなこと、誰かが研究しちゃったよ」
「そんなことより2次方程式の公式を覚えなくちゃ」
「それは恐竜の勝手でしょ」
どこか淋しく、悲しく、そして恐ろしいことではないでしょうか。

大学受験を間近に控え、入学試験のことで頭がいっぱいだった高校3年生の私にとってそれは大きな衝撃でした。
小さい頃、身の回りのいろんなことに対して「不思議だな。なんでだろう。知りたいな。」と思っていた自分のことを思い出させてくれたのです。

自然科学という学問分野があります。
自然界の不思議を解き明かす研究分野です。
学問とか研究というとちょっと難しそうに感じてしまいそうですが、アサガオが種から成長する様子を観察して記録することもりっぱな自然科学です。

チューリップの成長観察。これもりっぱな自然科学です。

 

こんなにきれいに咲きました。

つい最近おもしろいテレビ番組を見ました。
1年の限られた時期にだけ、マダラハタという魚が危険なサメだらけの海に大集結して集団で産卵するのです。その様子を大まじめな研究チームがなんと24時間潜水、つまりまる1日海に潜りっぱなしで観察、撮影していました。

日本物理学会誌では、「物理学70の不思議」と称して未解決の物理学の問題を紹介しています。その中にはたとえば「宇宙はどのようにはじまったのか? 宇宙の未来は?」とか「なぜ我々は(反物質ではなく)物質だけからできているのか?」などがあげられています。
これらの問題に世界の頭脳がこぞって真剣に取り組んでいるのです。

虹はどうしてできるの?

 

夕焼け空はなぜオレンジ色なの?

私の研究は低温物理学といって、絶対零度の冷たい世界では物質はどうなってしまうのだろうかというのを実験して調べるものです。金属の電気抵抗がゼロになる超伝導や液体ヘリウムの超流動は絶対零度近くの低温でのみ出現する物質の不思議な状態です。

実験室。絶対零度近くまで冷却できる装置、希釈冷凍機があります。

マダラハタ、宇宙のはじまり、反物質、絶対零度 … etc.
これらを詳しく調べて知ったところで私たちの暮らしが豊かになったり社会の福祉に役立ったりすることはおそらくないでしょう。でも、誰も見たことのないもの、誰も知らないことに人は思いをめぐらせます。そして可能な限りの知恵と技術を駆使して未知に挑みます。
冒頭で紹介した本の言葉を借りれば、「自然の神秘は私たちに限りない夢とロマンを与えてくれます。」

超伝導物質は磁石の上で宙に浮く!! この性質を使った超伝導ジェットコースター。

このエッセイを最後まで読んでくださったあなたも、ときには自然に目を向けてみてはいかがですか。
役に立つかどうか? それはわかりません。
でも、身の回りの草や虫から宇宙の果てにいたるまで、そこには新たな発見や驚きがきっとあるはずですよ。

 

新井 敏一 教授

研究内容:低温物理学(実験)。低次元電子物性の研究
液体ヘリウム表面、半導体接合界面、グラフェンなどに形成される2次元電子系の基礎物性を調べています。

担当科目:物理への旅(E),工学基礎物理実験(E・T),基礎物理実験

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最終更新日 2017年02月02日