わたしの「ふるさと」

Vol.002 石井 敏 (建築学科)

わたしは建築学科で各種施設建物の計画論(建築計画学)を教えています。特に、身体が弱い方々、サポートが必要な方々のための施設や住宅、それを支える制度やソフトのあり方を研究しています。研究を通して、またその成果の社会への発信を通して、より豊かな社会や暮らしの実現に貢献したいと思っています。

 

さて、話は変わります。

先日、出身地元の友人から言われたひとこと。「あなたは、いくつもなじみの場所があっていいね。私は自分が生まれ育った街しか知らないよ」

「そうか…」と思いながら、自分の「ふるさと」について考えてみました。

 

出身は?と問われれば、静岡県の浜松市出身です、と答えます。自動車、オートバイ、楽器などの発祥・産業の街。浜名湖のウナギも有名です。温暖な気候でおおらかな風土が、「まずはやってみよう!(遠州弁で「やらまいか!」)」という何事にもチャレンジしてみるという気質を生み出しています。浜松で大学入学までの時間を過ごしました。

1.アメリカ出生の証(パスポート)では出生は?と問われるとアメリカ、シカゴ近郊の町(Evanston, エバンストン)です、と答えることになります。両親の仕事の関係で1年間過ごしました。というより、過ごしたそうです(記憶にはありません…)。出生記録や写真、(アメリカの)パスポートもあるので間違いないのでしょう。アメリカは出生主義。20歳までアメリカ国籍も持っていました。20歳を超えて初めて、自分の生まれた街を訪れました。自分にとって、というよりも両親にとっての「ふるさと」と言った方がよいでしょうか。緑豊かな、とても落ち着いた素敵な街でした。

2.エバンストンの町並み(1993年訪問)

エバンストンの町並み(1993年訪問)

19歳の時、大学入学を機に浜松から仙台に参りました。母が仙台出身で、子供の頃から訪れていた仙台の街の雰囲気が好きで、また親しみがあったのでしょう。気が付いたら名古屋でもなく、東京でもなく、遠い仙台を選んでいました。大学院時代までの6年間を過ごすことになります。

その後、さらに大学院で学ぶため東京に行きました。まさか東京で生活するとは思ってもなかったのですが、自然に導かれるようにその道は開かれました。東京での時間は本当に刺激的で充実していました。人とのつながりが広がり、さまざまな経験ができました。妻と出会い結婚したのも東京です。

3.東京時代 研究室の仲間と(1995年)

東京時代 研究室の仲間と(1995年)

東京での6年間の中で、2年半フィンランドに留学もしました。これも、ほとんど呑みの席での勢いで決まったような留学ですが、今振り返っても人生なんてそんなもんだということをあらためて感じます。ほんのちょっとのきっかけ、そこでのスイッチ。人生には右に行くのか、左に行くのか、そんな道(選択)があちこちで用意されているようです。自分でそれを見つけ、押すことができたスイッチは、その後にやはり大きな意味を持つということも、今となってはよく分かります。

4.学生寮からの眺め(1997年フィンランド)

学生寮からの眺め(1997年フィンランド)

フィンランドでの暮らしでは、ここでは書き切れないほどの多くのことを学びました。自分の世界と視野が広がり、多くの友人と出会いました。日本人であることを再確認し、日本のことをあらためて知る貴重な時間でした。価値観も大きく変わりました。豊かな人生とは何なのかということを見つめ考えた時間でした。3年前には再訪し、8か月間家族で滞在する機会も得ました。家族で滞在・生活することで、自身にとってはさらに大好きな、意味のある国になりました。

5.ヘルシンキのクリスマス(1998年)

ヘルシンキのクリスマス(1998年)

6.フィンランドの凍った海の上で(1999年)

フィンランドの凍った海の上で(1999年)

留学後(2000年)、東京に戻り結婚し、学位論文を書き上げて、再び仙台に来ることになります。本学への赴任です。まさか、また仙台での生活が始まろうとは…これも不思議な縁でした。以来15年、仙台での暮らしが続きます。

さて、以上を振り返ると、アメリカ1年、フィンランド3年半、東京3年半、浜松18年、仙台20年ということになります。いつの間にか仙台での時間が一番長くなったことに驚きます。あらためて、自分にはあちこちに「ふるさと」があって幸せだな、と思います。今でも実家があり、青春時代を過ごした浜松は私の原風景(ふるさと)ですし、学生時代を過ごし、また今も家族と生活している仙台は私にとって生活そのもの(ふるさと)です。

自分の今の価値観を形成したフィンランドは心の「ふるさと」ですし、自分が生まれたアメリカの地は、記憶には何にもないですが、その地で生まれて初めての空気を吸い、1年間過ごした自分のオリジンとも言える「ふるさと」です。

東京は公私ともに今につながる大切な人とのつながり、キャリアの基盤をつくってくれた「ふるさと」です。ついでに言えば、妻は中国出身なので、私にとっては中国という地も切り離すことができない大切な場所です。父の両親が住んでいた神戸にも、子供の頃よく通いました。仙台とともに幼少の記憶の中に刻まれている大切な場所です。

自分の中にあるたくさんの「ふるさと」(=自分にとって意味のある場所)。こんなにも多くの場所、都市、国と意味のある関係の中でつながることができることは、とても幸せなことだな…何てことを思いながら、また「ふるさと」に思いを馳せながらこのエッセイを書きました。「ふるさと」を語るなんて自分もよっぽど歳を取ったということか…、とも思いますが、あらためて今の自分を振り返る時間をいただいたような気がしています。

私自身の話に最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

ところで、皆さんの「ふるさと」はどこですか?

石井 敏

研究分野:建築計画、施設計画、環境デザイン

石井敏研究室

高齢者の暮らしを支える生活環境づくりと施設計画

高齢者のための施設や生活環境づくりを専門としています。特に要介護時や認知症になった時は、介護はもちろんですが、その人の暮らしと介護を支える適切な環境が必要となります。どのような空間に身を置くかによって、その人の行動や生活の質は大きく左右されます。高齢期の暮らしを豊かにする生活環境のあり方を建築計画から追究します。

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最終更新日 2015年10月30日