虚実ないまぜの情報の中で

VOL.033 齋藤 輝文(環境エネルギー学科)

私の愛読書の一つに、江戸時代末期から明治初期にかけて日本を訪れた外国人の紀行文・印象記を多数引用して、著者が論考を加えた「逝きし世の面影(渡辺京二・著 葦書房 1998年、平凡社ライブラリー 2005年)」があります。その一部を以下に紹介します。

『封建制度一般、つまり日本を現在まで支配してきた機構について何といわれ何と考えられようが、ともかく衆目の一致する点が一つある。すなわち、ヨーロッパ人が到来した時からごく最近に至るまで、人々は幸せで満足していたのである(ヒューブナー,1871)』

『日本の庶民はなんと楽天的で心優しいのだろうか。なんと満足気に、身ぎれいにこの人たちは見えることだろう(パーマー)』

『彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる(ハリス,1857)』

『日本人は完全な専制主義の下に生活しており、したがって何の幸福も満足も享受していないと普通想像される。ところが私は彼ら日本人と交際してみて、まったく反対の現象を経験した。専制主義はこの国では、ただ名目だけであって実際には存在しない』(フィッセル,1833)』

『日本の上層階級は下層の人々を大変大事に扱う』『主人と召使の間には通常、友好的で親密な関係が成り立っており、これは西洋自由諸国にあってまず未知の関係といってよい(スエンソン)』

これ以外にも、日本人の生活ぶりや振る舞い、農業技術、建築技術、自然ならびに建築物の織りなす景観美、社会制度等々、あらゆる側面にわたって、当時の日本を複数の外国人が驚きを持って、ほぼ異口同音に肯定的に高く評価している文章に満ち溢れています。これまでなんとなく抱いていた、江戸時代は封建的で民衆は幕府の圧制に苦しんできたというイメージとは大きく異なっています。著者も言うように、時代と場所を問わず政権交代が起こったとき、新しい政権は古い政権との対比を民衆にアピールするため、古い政権の時代を否定的にとらえ、そのような啓蒙や教育、場合によっては歴史の書き換えまでやった事例は事欠きません。
インターネットによって情報が氾濫している現代に限らず、意図のするしないにかかわらず、いつの時代も虚実ないまぜの情報が存在しているようです。その真贋の見極めには、多くの識者が言っているように、複数のソース間で論理性が成り立っているかを見るのが重要と思われます。私は学生に論理的思考能力を身に着けてほしいと日頃口にしていますが、これは常に自分に対しても言い聞かせねばと思う今日この頃です。

紹介が遅くなりましたが、2011年度に本学に着任以来、主として太陽光発電関連の研究をしている環境エネルギー学科の齋藤輝文です。バトンを下さった岡部先生との共通キーワードは標準です。岡部先生の標準化というのは、国際規格の制定に関することと推測しておりますが、私の前職である産業技術総合研究所計測標準研究部門(茨城県つくば市)で担当していたのは、計量標準でした(一部国際規格の標準化も担当していましたが)。一言で言うと、光の計測に必要となる基準の物差し作りです。
昔の長さの単位に尺があれば、フィートやマイルがあったように、国、地域ごとに、えいやっと勝手に物差しを作っても構わない一面もありますが、力学、電磁気学等の全分野にまたがって統一的にエネルギー等を扱う上では、光の分野だけで閉じた物差しではなく、物理法則に基づいてJやWという単位で任意性のない値付けをする必要があります。私が当初担当していた波長域は、真空にしないと光が伝わらない、波長約200 nm以下の真空紫外域と呼ばれる領域で、光源には電子蓄積リングという加速器から出るシンクロトロン放射を用いていました。光源にしては、大げさでいわば牛刀ですが、真空紫外域で連続的な波長分布を持つほぼ唯一の光源です。筆者は分光応答度という検出器感度の標準に関して結局10 nmの真空紫外域から1600 nmの赤外域という全波長域を担当しました。光の検出器には主としてフォトダイオードを用いていましたが、これは正に太陽電池と全く同じ原理を持っています。Advances in Photodiodesという本に寄稿した拙著Properties of Semiconductor Photodiodesは有難いことに同本の中でダウンロード数1位の評価を得ています。
計量標準は普段地味な存在ですが、時間的に不変で空間的に普遍なこれがないと、計測結果の正確な比較ができません。例えばある人が自宅とスポーツクラブで体重を測る場合、どの体重計も正しい値を示さないと、ダイエットがうまくいっているか判断できません。製品の性能が向上したかどうか判断がつかないと技術の進歩が図れないことになるため、ほとんどの国にはそれを司る国家標準機関があります。それぞれの国の物差しに食い違いがあると、研究上だけでなく貿易等でも大きな問題となりますので、今はメートル条約に基づく国際度量衡委員会(CIPM)の相互協定(MRA)という枠組みの下、定期的な国際比較が実施されています。
学術的な情報交換に加えこのMRAの運用に関する討議のため、グローバルレベル、アジア太平洋地域(APMP)レベルとも定期的に、国家標準機関が参加して技術的な会議が開催されます。私はその担当者として毎年のように様々な国々を訪問しておりました。写真は私がAPMPのTCPR(測光放射測定技術委員会)の委員長を務めていたときのものです。

シドニーでのAPMP TCPR(アジア太平洋地域の光測定に関する国家標準機関による技術委員会)

また、ベルリンの壁がなくなる直前とその10年後の2回ドイツ、ベルリンのPTBに、アメリカ、メリーランド州にあるNISTでそれぞれ客員研究員として滞在し、シンクロトロン放射を用いた研究を行う機会もありました。本学への着任後は2012年3月と2015年3月の2回、以前より協力関係のあったベルギー王立天文台の招きを受け、欧州宇宙機関が打ち上げ予定の太陽観測衛星に搭載する紫外検出器の特性評価に関する共同研究を実施しました。以下の写真はそのとき実験で訪問したドイツ、アーヘンにあるFraunhofer研究所のスタッフとの1コマです。右端の方が、滞在先ベルギー王立天文台のホストのBenMoussa博士で、氏には次の写真にあるように2012年9月と2014年8月に来学して講演をしてもらいました。

実験で訪れたドイツ、アーヘンのFraunhofer研究所のスタッフとともに

来学して講演されたベルギー王立天文台BenMoussa博士とともに(2012年9月)

NISTには1年3か月間の滞在期間でしたので、仕事の合間を縫ってflight schoolに通い、子供の頃からの夢であった飛行機の免許を取得しました(大学時代には航空部に所属してグライダーに乗っていました)。写真は愛用していた教材やflight computer(いわば計算尺)等のグッズです。

アメリカのFlight Schoolの教材、フライト・ログ、取得した免許等

ところでメートル条約はフランスが提唱して始まったもので、イギリスとアメリカはプライドのためか、自国内の一般社会では、未だに旧来の単位系が日常的に使われています(ただしNIST構内だけは速度制限の表示がmile/hrではなくkm/hrでしたが)。例えば飛行に関する長さの単位として、気圧表示は水銀柱の高さをinchで、飛行高度はfeetで、飛行距離、速度はnautical mile(海里=1852 m)で、視程はstatute mile(=1609 m)でと、よくこれで飛行機を飛ばせるなと感心するほどです。またスパナ等のサイズは3/8 inchとかの分数表記で、大小は通分しないとわかりません!

冒頭の話に関連して、最近読んで、今まで知らない内容で大変驚くとともに、目から鱗が落ちるような以下の一連の本がありました:『戦後史の正体』(孫崎享・著 戦後再発見」双書1 創元社 2012年)『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(前泊博盛・編 戦後再発見」双書2 創元社 2013年)『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治・著 集英社インターナショナル 2014年)『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(矢部宏治・著 集英社インターナショナル 2016年)
戦後、私を含め日本は独立を果たしたと信じていたのが、実はそうではないということを、現在も有効な条約・協定、国連の敵国条項、米国公文書館の公開文書、日本の最高裁判例等に基づく法体系の中で論理的に示しています。それを裏付ける衝撃的な事実の一つは、「日本政府はいま日本国内にアメリカ人が何人いるのか、まったくわかっていない」ことです。なぜかというと、「首都圏の上空は横田空域という、太平洋側の洋上から日本海近くまで米軍に支配されている完全な治外法権エリアになっていて、軍用機で飛んできた米軍やアメリカ政府の関係者たちは、この空域をとおって、日本の政府がまったく知らないうちに横田基地や横須賀基地などに着陸し、そのままフェンスの外に出ることができるのです」。私が中学生の頃、歴史の授業で明治初期に結ばれた不平等条約を長い年月と苦労をかけて平等の条約に改訂していったと習いましたが、まさか今もそれが求められている状況にあるとは、ただただ驚くばかりです。

重い話で終わるのは後味が悪いので、趣味の話をしましょう。私はハイキングが好きで、つくばの以前の職場では山の会に所属していたほか、つくばの外国人が中心となっているTWMCというハイキングクラブの世話役もやっていました。写真はTWMCメンバーを連れて日光に行ったときのもので、湯滝の前での一コマです。今は日本の自然を楽しむ外国人がかなり増えてきましたが、我々はそのブームにかなり先立っておよそ月2回のペースで日本各地の野山へと積極的に活動していました。やはりハイキングと温泉との組み合わせは人気で、日本のいい文化の一つという感想をよく耳にしました。

TWMC(Tsukuba Walking and Mountaineering Club)メンバーとともに日光、湯滝の前にて

齋藤 輝文 教授

1981.3
東北大学大学院 工学研究科 原子核工学専攻 博士前期課程 修了
1993.7
博士(工学)(東北大学)取得
1981.4
通商産業省 工業技術院 電子技術総合研究所へ入所
1989.8-10
西独 物理工学研究所(PTB) 客員研究員
1995.4-1996.7
米国 国立標準技術研究所(NIST) 客員研究員
1999.11-12
独 物理工学研究所(PTB) 客員研究員
2001.4
(独)産業技術総合研究所 計測標準研究部門 光放射計測科 光放射標準研究室 (組織改編)
2011.4
東北工業大学 環境情報工学科教授に着任
2012.3および2015.3
ベルギー王立天文台(ROB) 客員研究員

齋藤研究室

当研究室では、太陽電池を対象に、特性・構成材料の評価、効率の新測定法、電気と熱のハイブリッド利用、通電加熱による除雪、太陽追尾装置の開発などの研究を実施しています。
http://www.env.tohtech.ac.jp/Laboratory/lab_hp/saito/index.html

サイエンスディへの出展(2017年7月)

第6回サイエンス・インカレにて関電工賞を受賞(2017年3月)

第5回サイエンス・インカレにて畠山文化財団賞を受賞(2016年3月)

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VOL.031 大沼 正寛(安全安心生活デザイン学科)

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最終更新日 2017年08月02日